函館中年ブログ

全てを抱いてくれる函館 お父さんなりに綴ります

2021年06月


お父さんの出身小学校は千代ヶ岱小学校。

今は閉校になり、子供達の元気な声はもうありません。

3年前に閉校イベントがあり、約30年振りに同級生と会いました。


ここの跡地にはなにやらスーパーが達つそうです。


近隣の方々にとっては買い物が楽になると思いますが、卒業生にとっては寂しいですね😢


サクランボの木、トーテムポール。
思い出の物たちはどうなるんだべ。


「桜花咲く、学舎は」

校歌が懐かしい。

「千代っ子千代っ子レッツゴー」

みんなで歌った運動会。



今日も飲みながら思い出します。

4453826_363976575_1large


函館市民にとって、知らない人がいないお方ではないべか。

お父さんが時任町に住んでいた頃、家からま~っすぐ大森浜に向かって行くと、丁度啄木小公園にぶつかったのでよく気軽に校区を越境して会いに行ってたっけ(笑)


親父にカレイ釣りを教えてもらったのもここ。
好きな女の子の事を考え悩んだのもここ。


また啄木さんに会いに行きたい。
DSC_1274 (1)



お父さんの母親は古川町の出身。

お父さんが子供の頃、夏休み、お正月とよくおじいちゃんおばあちゃんが住む古川町に遊びに行った。


夏休みには汐泊川にゴダッペやエビをタモですくったり泳いだりした。

20200115_114300

20200115_114305

この橋を渡り、左に曲がると目的地のおじいちゃんおばあちゃんの家。

下海岸をバスに乗り、いつもワクワクしてたっけ。

20200115_114315



ここのバス停は函バスの7番に乗って降りる場所。

トトロがいそうなこのバス停の横には急な階段があって、上った先には神社があったような記憶はがある。
20200115_114738

小学生の夏休み、おじいちゃんおばあちゃんの家に同い年の従兄弟と泊まりに行き、夜に丁度行われていたお祭りに行った。

名前も知らない地元の子供達と仲良くなり、クワガタがいる秘密の場所なる所に行き、急に姿を消して怒られたっけ(笑)

暑い夏休み。
名前は忘れたが、隣にあった商店でアイスクリームを買い、庭でおばあちゃんが育てていた少し青いトマトをもいで食べ、疲れて麦茶を飲みながら虫の声を網戸越しに聴いたあの頃。

幸せな時間。


去年の1月に行ったが、もうそこには親戚の家も、おじいちゃんおばあちゃんの家も無く、お父さんが立ち止まって思い出に浸る場所はもう無かった。

ただただ車をゆっくり走らせ、あの頃の記憶を頭に思い浮かべるだけ。



ハイカラな函館ではないけれど、お父さんにとっては素敵な風景。

函館には色々な温泉があります。
その日の気分で色々楽しめて、函館市民は本当に羨ましいですね~

ここはお父さんが函館に帰ったら必ず行く温泉です。
高校の頃、実家の西側の窓を開けるとここは大きな大きな空き地でした。

函館を離れた十数年後、実家は乃木町から市内の別の町に引越してしまい、人見線を通ることはあってもこの温泉の存在はしばらく気が付きませんでした。

もし乃木町に住んでいる頃に、家の裏にこんな立派な温泉があったらってついつい考えてしまいます。

帰省したら、ほぼ毎日お父さんは入りに行きます。
家族を連れていくこともありますが、ここ最近は一人帰省が多いので、その時は贅沢してマッサージなんかも頼みます。

あと、脱衣所にある山川牛乳が好き。
紙の蓋に付いたクリームを舐めることも忘れない。


これだけ毎回通っていたらスタンプカードもすぐに貯まる。
なので、遠く離れていながら何回かタダで入れてもらいました(笑)


ただ不思議なのは、ここは元々お父さんが住んでいた町なのに、同級生にも知人にも誰とも会ったことがないこと。

ま、それもあずましくていいんだけどね~

来月帰函予定。
やぢの温泉にするかなごみにするか、また葛藤だな?


20200114_184554


子供の頃、お父さんの家には車がありませんでした。

だから、小さな頃の日曜日は大体親父に連れられ、朝から自転車で市内の色々な所に出掛けていました。

その中で思い出深い、湯の川にある「函館市熱帯植物園」

猿山公園とも言っていたとも思います。

入館料は大人300円、小中学生100円、未就学児無料

当時は30年以上前。
今より安かったと思います。


門をくぐると、まず目に飛び込むのは左手にある「猿山」

湯の川温泉がひかれた大きな湯船に浸かる猿。
若い猿を追いかけ回すボス猿。
お母さん猿のお腹にしがみつく子猿。

そこは昔と何も変わらず、子供の頃と同じ光景。


20201018_135512

20201018_135539

そして施設の奥にある「熱帯植物園」

当時は木の生い茂る間にある散策路に、ロッテのガムの自動販売機があって、それを親父にねだったのだが「ダメだ」と言われたのが今でも鮮烈に覚えている。

きっと、親父はあまり小遣いがなかったのだろう。

奧にあったフラミンゴがいたスペースは何かのステージみたくなっていて、記憶にあったフラミンゴの鳴き声はもうない。

でも大きなバナナの木には、昔と変わらず青々としたバナナが実っていて、当時の「もいで食いたい!」というおなじ衝動にかられた。


20201018_140405

20201018_140846

親父は毎日仕事の帰りに会社近くの友達が営む酒屋に寄り、奥の小上がりで飲んだり麻雀をやっていたので、そりゃ週末に使う金なんて無かったんだと思う。

当時のサラリーマンは皆そうだった時代。


そんな親父は、この写真を撮った3日前に息を引き取った。

全て落ち着き、市内を車で流していたら自然とここに足が向いていて。


遠くに住むお父さんは生前親孝行なんてものはあまり出来なかった。

罪滅ぼしなんて訳でてはないが、親父と一緒に来た場所で親父との思い出を振り返ると涙が出てきた。


オッサンが猿を見ながら泣いている光景は、周りからしたら不思議だったんでないべか?

↑このページのトップヘ